東北芸術文化学会

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『安彦文平 油彩展 自然が創り出すかたち 掘


『安彦文平 油彩展 自然が創り出すかたち 掘


安彦文平氏の油彩展「自然が創り出すかたち掘廚
日本橋三越本店 本館6階 美術特選画廊において
2021年10月20日(水)〜 10月25日(月)の日程で開催されます。



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安部杏奈氏 『交差点〜浮かぶかたち・揺れる線・二つの視点その地点〜』


安部杏奈氏 『交差点〜浮かぶかたち・揺れる線・二つの視点その地点〜』


安部杏奈氏(元・武蔵野美術大学教務補佐員)が
展示会『交差点〜浮かぶかたち・揺れる線・二つの視点その地点〜』
を開催しました。

◇開催日時:2020年10月7日(水)〜12日(月)
◇開催場所:SPACE33 / 東京都杉並区高円寺南4−12−21 サンスカイ 1F



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大木義則氏「茅ノカタチ―茅葺と大地の競演―」を指導・協力


大木義則氏「茅ノカタチ―茅葺と大地の競演―」を指導・協力


本学会監査役の大木義則氏が
展示会・ワークショップ「茅ノカタチ―茅葺と大地の競演―」
の開催を指導・協力しました。

◇開催日時:2021年5月15日(土)・16日(日)
◇開催場所:風の沢ミュージアム / 宮城県栗原市一迫片子沢外の沢11



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藝術学関連学会連合「第15回 公開シンポジウム」のお知らせ


藝術学関連学会連合「第15回 公開シンポジウム」のお知らせ



 藝術学関連学会連合の「第15回 公開シンポジウム」が2021年6月12日(土曜日)に
 オンライン開催されます。
 シンポジウムには「zoom」にてオンライン参加ができます。
 詳細については下記のリンクよりご参照ください


 藝関連シンポジウム2021
 URL:http://geiren.sakura.ne.jp/news/2021/sports.html  


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東北芸術文化学会第27回大会開催のお知らせ


「東北芸術文化学会第27回大会」開催のお知らせ




   来る7月10日(土)午後・11日(日)午前の両日、
   第27回大会をアエル5階セミナールーム(仙台駅前)で開催いたします。
   研究発表を希望する会員は6月末日までに演題を
   編集事務局(tatihara@staff.miyakyo-u.ac.jp) までお知らせください。



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本学会誌『芸術文化 第25号』の投稿締め切り日のお知らせ


本学会誌『芸術文化 第25号』の投稿締め切り日のお知らせ




次号学会誌の投稿締め切り日は2020年12月10日(木)に決まりました。
希望者は同日までに編集事務局(tatihara@staff.miyakyo-u.ac.jp) へメールにてお送り下さい。





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大木義則監査役、「第一回 新院工芸部展」技術賞受賞


大木義則監査役、「第一回 新院工芸部展」技術賞受賞



  去る、2019年11月27日〜12月8日に東京の国立新美術館で開催された「第一回 新院工芸部展」において、本学会大木義則監査役の出展作品が技術賞を受賞致しました。



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詳細:一般社団法人 新日本美術院 工芸部

URL:https://www.kougeibu.com/ 

【重要】「東北芸術文化学会第26回大会(オンライン形式」の参加方法についてのお知らせ 


【重要】「東北芸術文化学会第26回大会(オンライン形式)」の
参加方法についてのお知らせ

             

会員の皆様へ


 大会に参加を希望される場合は、事前の申込みが必要となります。
7月29日(水)までに下記事務局に Googleアカウント(Gメールアドレス)をお知らせください。
大会当日、その Gメールアドレス に Meet URL を送付いたします。
 尚、今回は 学会員 のみの受付となります。



事務局:立原慶一 tatihara@staff.miyakyo-u.ac.jp (大会参加費は無料)

発表者向け:http://pr2.work/1/TohokuART2020p 



【重要】「第26回大会第二次案内」のお知らせ 


【重要】「第26回大会第二次案内」のお知らせ

             

会員の皆様へ



 今回の第26回大会は、新コロナの感染病が依然、収束状況にないことから、緊急対応として、口頭発表者、ならびに参加者の皆様の安全に万全を期すことを第一に考え、全てオンライン形式でとりおこなうことになりました。Google Meetを使用予定です。テクニカルな使用方法等については、順次、発表予定者にお伝えしてまいります。当日の大会に向けての準備、リハーサル等も行ってまいります。ご理解、ご協力のほどよろしくお願い申し上げます。


東北芸術文化学会 編集事務局


團副会長イタリアで専門書刊行 


昨年末イタリアで出版した美術史研究書について

            

團 名保紀


 2019年12月、ピサのパチーニ出版社から、全270ページ、図版165枚、9章からなる研究書 “Da Nicola Pisano a Tino di Camaino,momenti significativi della scultura gotica italiana”(「ニコーラ・ピサーノからティーノ・ディ・カマイーノまで。イタリア・ゴティック彫刻への新たな展望」)を刊行した。1995年から2015年までに発表した日本語論文のうち計9点をイタリア語訳し、部分的に加筆したものである。なお、そのうち8論文の初出は当学会の年報「芸術文化」に於けるものであった。
 私は1977年フィレンツェ大学卒業後、卒論テーマであった中世後期シエナ生まれの彫刻家ティーノ・ディ・カマイーノに関する一連の論文を1985年までイタリア語で発表、1981年と1983年にはフィレンツェで単著も刊行した。ティーノへの関心は当時一般に高いものではなかったが、今日、彼のとりわけモニュメンタルな墓碑芸術に注目度が上り、研究者達による論文数も増えている。その代表作、ピサ大聖堂内の「皇帝ハインリッヒ七世の墓」の再構築案提起、並びにそのルネッサンスへの多様な影響を40年来研究テーマとしている私(群馬大学教育学部紀要では、1992年から22年間連続発表)として、喜ばしい限りである。それ故、この度私の比較的最近のティーノ関連論文のイタリア語訳として、まずピサの帝墓が見事な装飾モティーフを伴う凱旋門的アーチを展開したのを証す建築部位の発見を報告する論文を採り上げた。だがティーノは「墓作りの名手」であったのみならず、その他のジャンルのモニュメントも制作したことを強調する意味からも、フィレンツェ洗礼堂内にかつて存在しながら、今では忘却されてしまった重要作品、12使徒及び4福音書記者像が聖バルトロメオ像を囲んでいた彫像群に関し、私が発見した一連の半身像を取り込んでの再構築図を提唱し、それはオルサンミケーレ教会のオルカンニャ作タベルナコロを経て、ブルネッレスキの傘型クーポラやミケランジェロのモーゼ像、ブルータス像に至るまで影響したと論じた。
   他方この度の新刊書にはティーノ研究と並行し、私が1990年代から具体的に重要作品の発見をきっかけとして取り組んだニコーラ及びジョヴァンニ・ピサーノ父子、それにルーポ・ディ・フランチェスコ等、中世後期トスカーナの重要彫刻家に関する新研究も登場する。ティーノの場合と同じく彼らの芸術の背後にはフィオーレのヨアキムやフリードリッヒ二世、アッシジのフランチェスコやダンテという巨大で力強い純なる精神支柱が存在し、また造形インスピレーション源として古代ローマのモニュメント世界、そして中世的なものとしては天上のエルサレムと地上の新しきローマ、聖俗の概念の癒合を見事象徴した現ウイーン在の所謂「シャルマーニュの帝冠」(Corona di Carlo Magno)に遡る一連の神聖ローマ帝冠がしばしば有効に機能したとも論じた。南伊、フリードリッヒ二世帝時代のニコーラ・ピサーノがその開祖たる、そしてその後も優れた中世後期イタリアの人間性追求の作品群を考察した本書全9章をたどることで、やがてブルネッレスキやギベルティ、ドナテッロ、さらにミケランジェロに代表される本格ルネッサンス芸術が何故かくも目覚ましい豊かな成果を達成したのか理解が深まり、イタリア中世・ルネッサンス美術への新たな鮮明な展望が開かれることを願わざるを得ない。



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東北芸術文化学会第26回大会開催のお知らせ


「東北芸術文化学会第26回大会」開催のお知らせ




◇日時:令和2年8月1日(土)午後〜2日(日)午前
◇場所:仙台駅前「アエル」

※研究発表を希望する会員は6月末日までに演題を
 編集事務局(tatihara@staff.miyakyo-u.ac.jp) までお知らせください。



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【重要】弘前例会開催中止のお知らせ


【重要】弘前例会開催中止のお知らせ

             

会員の皆様へ



 このたび、新型コロナウィルス感染症対策の基本方針が25日に政府から示されました。

 この1〜2週間がとても重要な局面であることが指摘されています。

 このことを受けまして、何とか開催の方向を検討しておりましたが、参加者の皆様の健康・安全面を第一に考慮した結果、開催を中止することといたしました。

 会の性格上、開催時間が長時間に及ぶことと、また本会員の中には学校従事者が多く、万が一感染の場合は、児童・生徒への影響が甚大であることも危惧されます。

 急なご案内となり多大なご迷惑をおかけしますが、何卒ご理解・ご協力賜りますようお願い申し上げます。


東北芸術文化学会会長 蝦名敦子


人々を魅了した「月琴」 − 長崎に伝わる明清楽器 −


人々を魅了した「月琴」 − 長崎に伝わる明清楽器 −

             

江 麻紀


 楽器博物館で「月琴」という撥弦楽器を初めて目にしたとき、なんと風雅で美しい楽器なのだろうと、ガラスケース越しにしばらく眺めていたことがあった。造形が「満月」を想像させるからだろうか、詩情溢れる名前である。棹や胴面に散りばめられた手彫り細工が美しく「手に持ってみたい」と思わせる楽器だった。
 数年後、母が何かを思い出したように「長崎に住むのなら『月琴』を習いに行ったらどう?」というので驚いて理由を尋ねると、若い頃機織りをしていた母が、当時絶滅の危機にあった島原木綿の継承者に話を伺いたいと長崎県島原市を訪ねた折、「素敵な楽器があるので是非聴いていってくださいませんか」と奏でてくださったのが月琴だったそうだ。「長崎に素晴らしい先生がいらっしゃるから、遠くても通っているのですよ」と、愛おしむように月琴を見つめていたご婦人のお姿と月琴が、目に焼き付いて離れなかったのだという。その話を聞いて私は迷うことなく月琴を習うことを決意した。
 初めて月琴を手にする日、緊張しながらも心は躍るようだった。丸みを帯びた柔らかさと木のぬくもりを感じるその月琴(写真)は、明治時代に日本で製作されたものだという。百年を超える歴史を刻んできたのかと思うと、所々入った傷にさえ持ち主だった人々の息遣いを感じるようだ。音程を決める柱は八本、花形にあしらわれた糸巻は四本だが、絹の弦二本を一音として同時に奏でるため、わずかな音のズレに味わいが出る。開放弦は移動ドでいうドとソの二音。慎重に手に取ってみると、持ち上げた瞬間「シャラシャラン」と音がした。外からは見えないが、月琴を動かすと胴内にある金属製の「響き線」がふるえ、呼応するかのように音が鳴る仕組みになっている。胴面が桐製でとても軽いことにも驚いた。腿に乗せて抱えると、繊細だが温かみのある手触りに愛着のような不思議な感情を覚えた。赤いふさの付いたべっ甲の義甲で弦に触れてみる。「つるん」「てれん」と、どこかせつない音色が辺りの空気を包み込むように響いた。
 中国由来の「明清楽(みんしんがく)」を構成する楽器の一つである月琴は、江戸末期に中国から唐人を介して長崎に伝わり、教養人の嗜みとして全国に広まったと言われている。明治期には唱歌や流行歌とともに工尺譜(こうしゃくふ)で書かれた教本が出版されるほど、一般家庭の子女たちの間にも流行したが、西洋音楽の台頭や日清戦争の影響もあり、日本音楽の歴史として刻まれることのないまま衰退を余儀なくされた。折しもその明清楽を、長崎県指定無形文化財として継承、保存するために設立された長崎明清楽保存会が、令和元年に設立50周年を迎えた。地方発信の異国文化が全国を巡り、幾多の危機を乗り越えながら独自に醸成された郷土芸能となって発信地長崎に根付いている。「月琴」の妙なる調べは遥かなる時を越えてもなお、人々の心を魅了し続けているのである。



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本学会誌『芸術文化 第24号』の投稿締め切り日のお知らせ


本学会誌『芸術文化 第24号』の投稿締め切り日のお知らせ




次号学会誌の投稿締め切り日は2019年12月10日(火)に決まりました。
希望者は同日までに編集事務局(tatihara@staff.miyakyo-u.ac.jp) へメールにてお送り下さい。





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『長崎のお盆 ― 精霊流し―』


長崎のお盆 ― 精霊流し―

             

活水女子大学名誉教授  津田 礼子


 東北の話題ではないのですが、出身地である長崎の精霊流しについて、御紹介させていただきます。地域の文化を比較する一例となればと思います。
 日本の夏は7月15日から8月15日頃に暑さのピークを迎える。梅雨の湿気に続く夏の蒸し暑さは堪え難いものである。日本でも涼しい地域もあるが、長崎はこの季節はとても暑い。しかし、その暑さと湿度の中でお盆を迎えるのは、何か、とてもしっくりとくるのである。墓参りは多くが小高い丘にあるお寺の墓に行く。周囲は山に囲まれているか、或は一方乃至三方が海を見下ろす地形にある。夕方から夜になるとあちこちで花火が上がり、爆竹が鳴る。
 長崎ではお盆の最後の日、8月15日に亡くなった遺族の初盆を迎える家で死者を送るための「精霊流し」が行われる。死者の霊を精霊舟に乗せて港まで押し曳いていくのである。今日では環境に配慮して港まで行って舟を置くが、昔は海に流していた。死者が海の向こうの彼岸に帰るという観念からであるらしい。この起源には諸説あり、本当のところは不明である。中国の風習が入って変容したというのが、どうも有力である。
 今年は母が亡くなったので、精霊流しを行った。母が亡くなる前は、この日は母と一緒にお盆のお供え物を菰に包み、川の辺りまで持って行った。これも以前は川に流していた。個人でこの精霊舟を出すところもあれば、葬儀場が出す舟に参加するところもある。弟と二人、後者の舟に加わった。三連の精霊舟を押し曳き、旧市街を通りながら最終地点の波止場(大波止)まで行った。何艘もの舟が夕方前から出発し、最終地に着く頃には日も沈んでいる。船は幾つもの提灯で飾られ、亡くなった方達の遺影を飾り、お供え物を乗せて行く。
 精霊舟の行き着く波止場は、向こうに長崎の港、その向こうの見上げたところに山が二つ出会ってさほど鋭角ではないV字の谷が見える。夏のある時点には、ちょうどここに日が沈むのである。その風景は以前から気になって仕方がなかった。長年関わってきた「ウィリアム・ターナー」の絵に、こんな風景がいくつもある。《キルゲラン城 ― 蒸し暑い日の始まりを告げる靄に包まれた日の出 ― 》(1799年)など、ウェールズのスノードニアの風景に多くみられる。
ターナーの絵でも、そうした山の為す谷間に日が登り、夕日が沈む。ターナーは亡くなる前に「太陽は神なり」と言ったという。
 精霊舟は提灯の灯を纏い、何艘も何艘も港の向こうの山の谷間の方向へ進んで行った。否、そう思ったのは私だけであったかもしれないが。
 この日は台風が接近しており、長崎も直撃されるという予報があったが、精霊流しは嵐の中でも決行とのことだった。しかし、台風は北東へ向かい、暴風雨を免れた。そんな気象状況であるから、大気の湿り気は極まっている。湿った大気に覆われた空の向こう、山の谷間は落日の光が雲を透かして幽かに色付いていた。
 爆竹が雲の帳を破るかのように鳴る。これが長崎のお盆なのだと実感する。 精霊舟を押し曳いて行くのは初めての経験であった。海の向こう、太陽の沈むところに死者の霊を運ぶ舟。これらの表象は、強く、深く脳裏に刻まれた。



小野千枝子会員『イタリア共和国功労勲章』

小野千枝子会員『イタリア共和国功労勲章』



 同会員はイタリア政府より『イタリア共和国功労勲章』(ナイトと呼ばれる称号)、正式には Cavaliere dell’Ordine della Repubblica Italiana を受けた。心からお喜び申し上げたい。



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佐々木樹会員が『みなとメディアミュージアム』に入選!


佐々木樹会員が『みなとメディアミュージアム』に入選!



この度、茨城県ひたちなか市で開催される地域アートプロジェクト『みなとメディアミュージアム』に佐々木樹会員が入選を致しました。
つきましては下記日程で作品を出展致しますでお知らせ申し上げます。



《みなとメディアミュージアム2019》


◇会期:2019年8月11日(日)〜 8月31日(土)
    ※ 8月19日、26日は休み、最終日は16時まで
◇会場:茨城県ひたちなか市
    ひたちなか海浜鉄道湊線車両・那珂湊駅構内・那珂湊地区商店街など
◇主催:みなとメディアミュージアム実行委員会
◇共催:宝塚大学東京メディア芸術学部、常磐大学
◇後援:ひたちなか市、ひたちなか市教育委員会、ひたちなか海浜鉄道株式会社、
    おらが湊鐵道応援団、ひたちなか商工会議所、
    一般社団法人交通環境ネットワーク、環境芸術学会
◇協力:一般社団法人新宿メディア芸術地域活性化推進協会



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『アースデイみやぎ大崎 2019』報告


『アースデイみやぎ大崎 2019』報告

(2019.6.2 sun at 化女沼古代の里)



本学会監査役 大木義則氏


去る6月2日(日)に宮城県大崎市の化女沼古代の里で 『アースデイみやぎ大崎 2019』が 開催されました。‟ 遊んで!食べて!縄文文化とふれあいシンプルライフを体験しよう。” という趣旨で「縄文土器×縄文土器料理」のステージ&ワークショップが開催されました。
『アースデイ』は1970年にアメリカで生まれ、現在では世界各地で開催されている地球の環境問題を考えるイベントで、宮城県大崎市での開催は今年で5回目になります。


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「東北芸術文化学会第25回大会」開催のお知らせ


「東北芸術文化学会第25回大会」開催のお知らせ




第25回大会が7月6日(土)、7日(日)の2日間にわたって、仙台駅前の「アエル」で行われます。
発表希望者は6月末日までに編集事務局(tatihara@staff.miyakyo-u.ac.jp) までお知らせください。



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『縄文の炎 藤沢野焼祭2018』参加報告


『縄文の炎 藤沢野焼祭2018』参加報告


縄紋文化研究会会員  廣瀬欣孝氏



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本学会誌『芸術文化 第23号』の投稿締め切り日


本学会誌『芸術文化 第23号』の投稿締め切り日のお知らせ




次号学会誌の投稿締め切り日は2018年12月10日(月)に決まりました。
希望者は同日までに編集事務局(tatihara@staff.miyakyo-u.ac.jp) へご送付下さい。





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大木義則(監査役)氏『サスティナブル縄文展』に作品出品


大木義則(本学会監査)氏『サスティナブル縄文展』に作品出品



  去る4月27日(金)―5月6日(日)に宮城県栗原市の風の沢ミュージアムで開催された 『サブテイナブル縄文展』 に本学会監査役の大木義則氏が作品を出品されました。



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「虎尾 裕《個展 ― 針峰峡谷 ―》開催のお知らせ」


「虎尾 裕《個展 ― 針峰峡谷 ―》開催のお知らせ」



虎尾 裕 ― 針峰峡谷 ―
Yutaka TORAO “Needle Peak Canyon”


開催期間:2018年5月28日(月)― 6月16日(土)
開催時間:午前11時 〜 午後7時(土曜日は午後5時まで。日祝休館日)
開催場所:hino gallery [ヒノギャラリー]
東京都中央区入船2−4−3 マスダビル1F
Tel & Fax:03-3537-1151

Website:www.hinogallery.com

email:hinogallery@dream.com


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「ペルージャ市主催《15世紀イタリア宮廷舞踊》のお知らせ」


「ペルージャ市主催《15世紀イタリア宮廷舞踊》のお知らせ」


在・アッシシの舞踊家 小野千枝子氏



ペルージャ市主催
《15世紀イタリア宮廷舞踊》
理論と実践のワークショップ

英語・イタリア語・日本語使用


講師:小野千枝子

場所:Sala dei Notari – Perugia

日時:2018年5月19日(土)20日(日)10時〜13時、15時〜17時
(午後の参加者の合意により、わずかな変更あり)



Associazione Culturale "Il Convivio" 文化協会
Compagnia di Danza Italiana Antica "Belreguardo" ダンスカンパニー
住所:Viale Patrono d’Italia 66 Assisi, PG 06081, Italy
Tel. +39 (0)75 8043548 / +39 342 7567171


email: ono.belreguardo@tiscali.it


Website:www.belreguardo.it


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第74回弘前研究例会のご報告


東北芸術文化学会第74回弘前研究例会のご報告


東北芸術文化学会 会長 蝦名敦子 氏


 本研究例会は、まだ雪が積もる3月初旬に弘前で行われた。全部で8件の口頭発表があり、短い時間であったが、質疑応答も活発に行われ盛況であった。
 発表内容としては、前半4件は図工・美術教育に関してで、学習指導要領の改訂に一早く着目した最新の教育実践の取組みや、小規模校の学校現場からでないと気づくことができない美術科の諸問題―とくに授業を実施する教室に関する問題提起、また廃校を活用し、北海道という風土に根ざした教科を跨いだ木育イベントの実践的考察など、気鋭の現職教員による興味深い発表が続いた。
 休憩を挟んで後半には、青森の伝統文化―弘前ねぷたと青森ねぶたについて、それぞれ専門に関わる立場から目下の取組みや、現状に対する新たな提案などが披露される。いずれもねぷた・ねぶたの造形について理論的考察を継続している貴重な発表である。さらに、弘前で独自に企画・開催している、現代美術と市内の歴史的な文化財をコラボさせた展覧会「ひろさき美術館」の紹介があり、最後には、岩手県立博物館で3.11の被災資料を手がけている処理作業の現場と、今後の課題に関する得難い発表があった。
 最新の教育課題や、様々な学校現場を経験しないと見出せない問題提起、風土に根ざした活動、地域の伝統文化の継承に関わる発表、地元で芸術の活性化に取り組む様子、そして今も尚、3.11の被害に地道に対応している美術館の実態―これまで例のない、海水にまみれた塩分を除去するための技術開発に従事する姿―など、内容は多岐にわたるが、いずれも地域の状況・実態を踏まえた充実した内容である。こうした考察を同じ空間で共有できたことに、相互交流の場の必要性を感じ、改めて本学会の主旨と意義について再認識させられた。口頭発表者並びにご参加下さった皆様に改めて感謝申し上げたい。
 平成29年に公示された新学習指導要領(中学校美術)は、その目標に「生活や社会の中の美術や美術文化と豊かに関わる資質・能力」を掲げている。図工・美術教育が芸術文化というフィールドの中で、考察されることの意味も大きいのではないだろうか。

 尚、2日目は遠方からの会員とともに、短い時間であったが弘前市内を散策した。弘前例会ということもあり、その訪れた場所を少し紹介したい。
 最初に「津軽藩ねぷた村」。そこは観光施設で、高さ10mの最大の扇ねぷたが展示されている。また弘前地域の伝統工芸を実際に作って見せるコーナーがあり、ショッピングも可能だ。
 次に、長勝寺のある茂森町から新寺町の通りを巡った。この一帯には名前の通り、お寺が建ち並んでいる。黒門の左手には八角形の東北では2つだけと言われる栄螺(さざえ)堂、そしてまっすぐ600m先には津軽家の菩提寺である長勝寺。三門(国指定重要文化財)がそびえ立ち、その中をくぐり抜けて左手の蒼龍屈(そうりゅうくつ)へ。三尊仏と厨子堂があり、しばし足を止めて五百羅漢に見入った。
 続く新寺町の通りには、両脇に24のお寺が建ち並ぶ。立派な寺院の中に混じって一角には、庶民的な「身代り地蔵尊」もある。凛としたお姿の中にもそのお顔は何とも柔和で愛らしい。そこからすぐの寺へ。境内に足を踏み入れると、雪よけのための赤い帽子をかぶったお地蔵さんがすぐ目に入った。袋宮(たいぐう)寺は外からでは分からないほどの古くこぢんまりとした外観であるが、中に入ると、6mほどの県下最大級の木造仏、十一面観音像を拝することができる。その建物とのギャップにいつも驚かされるのであるが、威厳のあるお姿に行く度に圧倒される。真向かいには稲荷神社。その先にあるのが最勝院で、東北でも一番の美塔と称される五重塔(国指定重要文化財)があり、弘前のランドマークともなっている。
 長勝寺・三十三ヶ寺を含めると、この一帯には60近い神社仏閣が集まっている。今回は短時間で1km程二つの通りを散策しただけであるが、城下町弘前の歴史を感じ取れる場所である。次回は、また違った視点から弘前を紹介できればと思う。



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エゴン・シーレ没後100年追悼:「シーレ草案によるマウソレウム(霊廟)の模型公開」

エゴン・シーレ没後100年
追悼:「シーレ草案によるマウソレウム(霊廟)の模型公開」


エゴン・シーレ研究家 金田佳子 氏


 今年2018年はエゴン・シーレEgon Schiele(1890〜1918)没後100年にあたります。それに伴い祖国オーストリアでは数多くの展覧会が開催されます。著者もこの紙面をお借りし、シーレ草案による復活と永遠の命の意味を持つマウソレウム(霊廟)の模型の公開をすることで、シーレへの追悼とさせていただきたいと思います。

 シーレは20世紀初頭のオーストリア表現主義を代表する画家で、28年の短い生涯の中で、生と死及び宗教的なテーマを数多く描きました。このマウソレウムは草案されたまま未完成になった為、実際の建築物として存在しませんでしたが、シーレ作品の集大成に値するものだと友人で画家兼写真家のヨハネス・フィッシャーや作家兼批評家であったレオポルト・リーグラーの証言により考えられています。しかしながら、現在までこのテーマについて深い研究がなされてきませんでした。
 筆者は解読が困難な残された文書や作品、スケッチ等を資料にマウソレウムの研究を進め、ウイーン留学時にオーストリア美術研究者兼ドイツ語筆跡鑑定家であるハンスヨルク・クルーク博士の協力を得て、2001年にシーレの筆記体からドイツ語のブロック体へと転記し、マウソレウムの第一資料の明確化を図りその和訳もしました。さらに2010年には、建築家松田修一氏の協力により、その資料をもとにした模型を製作し、論文にも残しています。(参照、Yoshiko Kaneta: Egon Schiele und seine Beziehung zu Richard Hamanns Buch Die Früh-Renaissance der italienischen Malerei, Egon-Schiele-Jahrbuch Band II/III 2012/2013, Wien, 2015, S. 258-272.).



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(図版1)
建築家松田修一氏の協力によるシーレのマウソレウム草案を元にした模型
(©金田佳子・松田修一、2010年)







Egon Schiele
(1890—1918)

In Commemoration
Model Mausoleum


by Yoshiko Kaneta


 In recognition of one of the exponents of Austrian Expressionism in the early 20th century, exhibitions and events are being held this year in Egon Schiele’s native country, Austria, to mark the centenary of his unfortunate death in 1918 at the early age of 28. The vivid intensity of his work as well as the details of his short life have been well documented.

 My own early exciting encounters with Schiele’s art, the scope of its humanity, the recurring themes of life, religion and death, instilled in me a desire to share my enthusiasm with my fellow Japanese. I thought it best to find an area with potential for further exploration.

 In search of a topic, I came across two descriptions, one by Schiele’s friend painter / photographer Johannes Fischer and another by writer / critic Leopld Liegler, both calling his plans for his never-built mausoleum the culmination of his life work. It was then I decided on developing a model of the mausoleum true to Schiele’s vision the best I could.

 The process was hindered by Schiele’s own illegible notes, but with the help of Dr. Hansjörg Krug, a handwriting expert and life-long student of Austrian art, it was possible to decipher them into German block print and then translate into Japanese. Subsequently working with architect Shuichi Matsuda, the model was completed and reported on (Yoshiko Kaneta: Egon Schiele und seine Beziehung zu Richard Hamanns Buch Die Früh-Renaissance der italienischen Malerei, Egon-Schiele-Jahrbuch Band II/III 2012/2013, Wien, 2015, S. 258-272.).



mausoleum

Fig.1: Schiele’s mausoleum as constructed with the aid of architect Shuichi Matsuda
(©Yoshiko Kaneta. Schuichi Matsuda, 2010)



第72回長崎研究例会を振り返って:エクスカーションの紹介


第72回長崎研究例会を振り返って:エクスカーションの紹介


東北芸術文化学会 会長 蝦名敦子 氏


 第72回研究例会が、津田礼子会員のお計らいで、今回、長崎市の活水女子大学で開催されました。九州地区の会員でおられる方々に発表の機会が得られたことになります。活水女子大学は、港を一望するおらんだ坂の上に位置し、大変趣のある建物です。本例会はその校舎の一室で6件の口頭発表が行われました。加えて、江崎麻紀会員から、休憩時に大変珍しい月琴演奏を、美しい歌声とともにご披露頂きました。また、広島芸術文化学会の関村誠氏がご発表下さり、研究例会を盛り上げて下さいました。改めて感謝申し上げます。発表終了後には、学内に設置されているミニチャペルも見学させて頂きました。
 翌日にはエクスカーションが準備されており、希望者での参加でしたが、なかなか個人では足を運ぶことができない外海(そとめ)地区に遠出いたしました。そこは、キリスト教が禁じられる中で育まれた、日本独自の信仰のかたちを物語る貴重な遺産です。フランス人ド・ロ神父によって建てられたカトリック教の出津(しつ)教会を訪れましたが、海からの強風を意識して低い屋根にされたと言われ、今も地域住民に守られながら信仰が継承されています。また、国指定重要文化財で、同じくド・ロ神父によって設立された授産活動の場所−旧出津救助院を見学しました。地元の自然石を不規則に積み重ねた丈夫な「ド・ロ塀」が、城の石垣のようにも見えました。
すぐ近くには遠藤周作文学館があります。外海は彼の代表作と言える『沈黙』の舞台。その文学館のテラスから一望できた碧い海に、聞いたばかりのド・ロ神父が二度と戻ることがなかったフランスをその先に見つめていたこと、そして、異国の地に入ったキリスト教や新しい文化が、共生するに至るまでの苦難にしばし思いを馳せることができました。江戸時代に一早く洋風文化が入ってきた長崎。一方で、「長崎は負の遺産もあるんですよ」と、地元の方ならではのご説明を伺い、その土地が刻む文化伝承のありように直に触れられた気がいたしました。またとない貴重な一時でした。
 今回の長崎例会は、東北のみならず、それぞれの地域文化を見据えようとする本学会にとりましても、大変有意義な研究例会でした。様々な地域文化を見聞することで、東北の芸術文化を相対化して考える視点は、これからの益々のグローバル社会において重要なことではないでしょうか。また、他の学会員との交流を進めていくことも、本学会の活性化に繋がる有意義なことであろうと思います。いろいろとご準備、ご配慮頂きました津田会員にこの場をお借りして心から感謝申し上げます。



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ワークショップ『15世紀イタリアの宮廷舞踊』のご案内


ワークショップ『15世紀イタリアの宮廷舞踊』のご案内


在・アッシシの舞踊家 小野千枝子氏



イタリア・アッシシ市在住の舞踊家 小野千枝子氏のワークショップ『15世紀イタリアの宮廷舞踊』が2018年2月3日(土)、4日(日)の2日間、イタリア文化会館 東京 において開催されます。


http://www.belreguardo.it/index.html



〒102-0074 東京都千代田区九段南2-1-30
イタリア文化会館 東京



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『2017年 藤沢野焼き』報告


『2017年 藤沢野焼き』報告


東北芸術文化学会 監査役 大木義則 氏


 8月12日に予定通り野焼きを行った。朝から曇りで、雨の降りそうな嫌な空模様だった。この野焼きは土手で高さを作り、その上に材木を載せ、点火して炙りを行い、材木を段々に載せ高さを作る。火力を強くしながらその状態をしばらく続ける。その点で私たちが通常に行う、野焼きと少し異なっている。
 燠が溜まってきたら、外側から長い棒で燠を静かに土器の並べてある、内側にそっと落とし、その活動を繰り返す。さらに土手の上に材木を四方に載せ、火力を強めていく。それを3時間くらい続けたら、攻め炊きに移る。土器を焼く窯が四角なので、角々に長くて軽めの材木を井桁に組む。全体に蓋をするように、また土器が見えなくなるように被せて、攻め炊きを一気に行う。藤沢の野焼きでは、与えられた焼成用材木が午後11時に終了するように行った。作品の取り出しは翌日の朝7時30分から行い、指定された時間に審査会場に移動させた。


《審査結果》

1.予選通過
2.入賞確定
3.縄文野焼き賞が最終審査で確定


 雨の中での野焼きだったので、ハラハラしながらの活動で大変であった。しかし何とか受賞できたのは奇跡であった。800人近い人が参加したことに驚いた。




◆藤沢野焼祭 2017
http://noyaki.net/?page_id=345


会場/藤沢運動広場「特設縄文村」(岩手県一関市藤沢町藤沢字仁郷地内)

8月12日(土)
13:00〜 参加作品受付
15:00〜 窯入れ
18:00〜 火入れの儀、開会式
23:00  火止め
(窯の状況により前後する場合があります)

8月13日(日)
07:30〜 作品窯出し
09:00〜 作品審査
10:00〜 表 彰



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◆藤沢野焼祭についてのお問い合わせ先
藤沢野焼祭実行委員会
〒029-3405 岩手県一関市藤沢町藤沢字町裏187番地
〔一関市役所藤沢支所産業経済課内〕
TEL 0191-63-5317 FAX 0191-63-5133

公式WEBサイト
http://noyaki.net/


(公式WEBサイトより記事転載)



『藤沢野焼祭 2017』のご案内


『藤沢野焼祭 2017』のご案内



岩手県一関市藤沢町で開催される「藤沢野焼祭」は、一関市藤沢町で毎年8月の第二日曜日とその前日に開催される一関市を代表する夏の一大イベントです。
昭和51年に考古学者の故塩野半十郎氏の指導を得て、縄文の野焼きを再現したことをきっかけに始まった祭りです。
藤沢野焼祭実行委員会は、「縄文の炎・藤沢野焼祭2017」で野焼きをする作品を募集しています。



◆藤沢野焼祭 2017 参加要領
http://noyaki.net/?page_id=345




会場/藤沢運動広場「特設縄文村」(岩手県一関市藤沢町藤沢字仁郷地内)


8月12日(土)
13:00〜 参加作品受付
15:00〜 窯入れ
18:00〜 火入れの儀、開会式
23:00  火止め
(窯の状況により前後する場合があります)

8月13日(日)
07:30〜 作品窯出し
09:00〜 作品審査
10:00〜 表 彰




◆藤沢野焼祭についてのお問い合わせ先
藤沢野焼祭実行委員会
〒029-3405 岩手県一関市藤沢町藤沢字町裏187番地
〔一関市役所藤沢支所産業経済課内〕
TEL 0191-63-5317 FAX 0191-63-5133

公式WEBサイト
http://noyaki.net/


(公式WEBサイトより記事転載)



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