東北芸術文化学会

お問合せ|ホーム

『縄文の炎 藤沢野焼祭2018』参加報告


『縄文の炎 藤沢野焼祭2018』参加報告


縄紋文化研究会会員  廣瀬欣孝氏



fujisawa-2018_01

fujisawa-2018_02

fujisawa-2018_03

fujisawa-2018_04

fujisawa-2018_05

fujisawa-2018_06

fujisawa-2018_07

fujisawa-2018_08

fujisawa-2018_09



本学会誌『芸術文化 第23号』の投稿締め切り日


本学会誌『芸術文化 第23号』の投稿締め切り日のお知らせ




次号学会誌の投稿締め切り日は2018年12月10日(月)に決まりました。
希望者は同日までに編集事務局(tatihara@staff.miyakyo-u.ac.jp) へご送付下さい。





IMG_610



保科弘治(監査役)氏『花美術館 Vol.58』に作品掲載


保科弘治(本学会監査)氏
『花美術館 Vol.58』(2018年2月10日発行)に掲載



  本学会監査役の保科弘治(本学会監査)氏の作品が『花美術館 Vol.58』(2018年2月10日発行)に掲載されました。



20180210-HOSHINA-01


20180210_HOSHINA



大木義則(監査役)氏『サスティナブル縄文展』に作品出品


大木義則(本学会監査)氏『サスティナブル縄文展』に作品出品



  去る4月27日(金)―5月6日(日)に宮城県栗原市の風の沢ミュージアムで開催された 『サブテイナブル縄文展』 に本学会監査役の大木義則氏が作品を出品されました。



SUSTAINABLE-JOMON-01


SUSTAINABLE-JOMON-02


SUSTAINABLE-JOMON-03
SUSTAINABLE-JOMON-04
SUSTAINABLE-JOMON-05
SUSTAINABLE-JOMON-06




「虎尾 裕《個展 ― 針峰峡谷 ―》開催のお知らせ」


「虎尾 裕《個展 ― 針峰峡谷 ―》開催のお知らせ」



虎尾 裕 ― 針峰峡谷 ―
Yutaka TORAO “Needle Peak Canyon”


開催期間:2018年5月28日(月)― 6月16日(土)
開催時間:午前11時 〜 午後7時(土曜日は午後5時まで。日祝休館日)
開催場所:hino gallery [ヒノギャラリー]
東京都中央区入船2−4−3 マスダビル1F
Tel & Fax:03-3537-1151

Website:www.hinogallery.com

email:hinogallery@dream.com


TORAO-2018-1
TORAO-2018-2




「ペルージャ市主催《15世紀イタリア宮廷舞踊》のお知らせ」


「ペルージャ市主催《15世紀イタリア宮廷舞踊》のお知らせ」


在・アッシシの舞踊家 小野千枝子氏



ペルージャ市主催
《15世紀イタリア宮廷舞踊》
理論と実践のワークショップ

英語・イタリア語・日本語使用


講師:小野千枝子

場所:Sala dei Notari – Perugia

日時:2018年5月19日(土)20日(日)10時〜13時、15時〜17時
(午後の参加者の合意により、わずかな変更あり)



Associazione Culturale "Il Convivio" 文化協会
Compagnia di Danza Italiana Antica "Belreguardo" ダンスカンパニー
住所:Viale Patrono d’Italia 66 Assisi, PG 06081, Italy
Tel. +39 (0)75 8043548 / +39 342 7567171


email: ono.belreguardo@tiscali.it


Website:www.belreguardo.it


2018-Perugia-21



第74回弘前研究例会のご報告


東北芸術文化学会第74回弘前研究例会のご報告


東北芸術文化学会 会長 蝦名敦子 氏


 本研究例会は、まだ雪が積もる3月初旬に弘前で行われた。全部で8件の口頭発表があり、短い時間であったが、質疑応答も活発に行われ盛況であった。
 発表内容としては、前半4件は図工・美術教育に関してで、学習指導要領の改訂に一早く着目した最新の教育実践の取組みや、小規模校の学校現場からでないと気づくことができない美術科の諸問題―とくに授業を実施する教室に関する問題提起、また廃校を活用し、北海道という風土に根ざした教科を跨いだ木育イベントの実践的考察など、気鋭の現職教員による興味深い発表が続いた。
 休憩を挟んで後半には、青森の伝統文化―弘前ねぷたと青森ねぶたについて、それぞれ専門に関わる立場から目下の取組みや、現状に対する新たな提案などが披露される。いずれもねぷた・ねぶたの造形について理論的考察を継続している貴重な発表である。さらに、弘前で独自に企画・開催している、現代美術と市内の歴史的な文化財をコラボさせた展覧会「ひろさき美術館」の紹介があり、最後には、岩手県立博物館で3.11の被災資料を手がけている処理作業の現場と、今後の課題に関する得難い発表があった。
 最新の教育課題や、様々な学校現場を経験しないと見出せない問題提起、風土に根ざした活動、地域の伝統文化の継承に関わる発表、地元で芸術の活性化に取り組む様子、そして今も尚、3.11の被害に地道に対応している美術館の実態―これまで例のない、海水にまみれた塩分を除去するための技術開発に従事する姿―など、内容は多岐にわたるが、いずれも地域の状況・実態を踏まえた充実した内容である。こうした考察を同じ空間で共有できたことに、相互交流の場の必要性を感じ、改めて本学会の主旨と意義について再認識させられた。口頭発表者並びにご参加下さった皆様に改めて感謝申し上げたい。
 平成29年に公示された新学習指導要領(中学校美術)は、その目標に「生活や社会の中の美術や美術文化と豊かに関わる資質・能力」を掲げている。図工・美術教育が芸術文化というフィールドの中で、考察されることの意味も大きいのではないだろうか。

 尚、2日目は遠方からの会員とともに、短い時間であったが弘前市内を散策した。弘前例会ということもあり、その訪れた場所を少し紹介したい。
 最初に「津軽藩ねぷた村」。そこは観光施設で、高さ10mの最大の扇ねぷたが展示されている。また弘前地域の伝統工芸を実際に作って見せるコーナーがあり、ショッピングも可能だ。
 次に、長勝寺のある茂森町から新寺町の通りを巡った。この一帯には名前の通り、お寺が建ち並んでいる。黒門の左手には八角形の東北では2つだけと言われる栄螺(さざえ)堂、そしてまっすぐ600m先には津軽家の菩提寺である長勝寺。三門(国指定重要文化財)がそびえ立ち、その中をくぐり抜けて左手の蒼龍屈(そうりゅうくつ)へ。三尊仏と厨子堂があり、しばし足を止めて五百羅漢に見入った。
 続く新寺町の通りには、両脇に24のお寺が建ち並ぶ。立派な寺院の中に混じって一角には、庶民的な「身代り地蔵尊」もある。凛としたお姿の中にもそのお顔は何とも柔和で愛らしい。そこからすぐの寺へ。境内に足を踏み入れると、雪よけのための赤い帽子をかぶったお地蔵さんがすぐ目に入った。袋宮(たいぐう)寺は外からでは分からないほどの古くこぢんまりとした外観であるが、中に入ると、6mほどの県下最大級の木造仏、十一面観音像を拝することができる。その建物とのギャップにいつも驚かされるのであるが、威厳のあるお姿に行く度に圧倒される。真向かいには稲荷神社。その先にあるのが最勝院で、東北でも一番の美塔と称される五重塔(国指定重要文化財)があり、弘前のランドマークともなっている。
 長勝寺・三十三ヶ寺を含めると、この一帯には60近い神社仏閣が集まっている。今回は短時間で1km程二つの通りを散策しただけであるが、城下町弘前の歴史を感じ取れる場所である。次回は、また違った視点から弘前を紹介できればと思う。



74-hirosaki-ebina-01


74-hirosaki-ebina-02


74-hirosaki-ebina-03




エゴン・シーレ没後100年追悼:「シーレ草案によるマウソレウム(霊廟)の模型公開」

エゴン・シーレ没後100年
追悼:「シーレ草案によるマウソレウム(霊廟)の模型公開」


エゴン・シーレ研究家 金田佳子 氏


 今年2018年はエゴン・シーレEgon Schiele(1890〜1918)没後100年にあたります。それに伴い祖国オーストリアでは数多くの展覧会が開催されます。著者もこの紙面をお借りし、シーレ草案による復活と永遠の命の意味を持つマウソレウム(霊廟)の模型の公開をすることで、シーレへの追悼とさせていただきたいと思います。

 シーレは20世紀初頭のオーストリア表現主義を代表する画家で、28年の短い生涯の中で、生と死及び宗教的なテーマを数多く描きました。このマウソレウムは草案されたまま未完成になった為、実際の建築物として存在しませんでしたが、シーレ作品の集大成に値するものだと友人で画家兼写真家のヨハネス・フィッシャーや作家兼批評家であったレオポルト・リーグラーの証言により考えられています。しかしながら、現在までこのテーマについて深い研究がなされてきませんでした。
 筆者は解読が困難な残された文書や作品、スケッチ等を資料にマウソレウムの研究を進め、ウイーン留学時にオーストリア美術研究者兼ドイツ語筆跡鑑定家であるハンスヨルク・クルーク博士の協力を得て、2001年にシーレの筆記体からドイツ語のブロック体へと転記し、マウソレウムの第一資料の明確化を図りその和訳もしました。さらに2010年には、建築家松田修一氏の協力により、その資料をもとにした模型を製作し、論文にも残しています。(参照、Yoshiko Kaneta: Egon Schiele und seine Beziehung zu Richard Hamanns Buch Die Früh-Renaissance der italienischen Malerei, Egon-Schiele-Jahrbuch Band II/III 2012/2013, Wien, 2015, S. 258-272.).



mausoleum

(図版1)
建築家松田修一氏の協力によるシーレのマウソレウム草案を元にした模型
(©金田佳子・松田修一、2010年)







Egon Schiele
(1890—1918)

In Commemoration
Model Mausoleum


by Yoshiko Kaneta


 In recognition of one of the exponents of Austrian Expressionism in the early 20th century, exhibitions and events are being held this year in Egon Schiele’s native country, Austria, to mark the centenary of his unfortunate death in 1918 at the early age of 28. The vivid intensity of his work as well as the details of his short life have been well documented.

 My own early exciting encounters with Schiele’s art, the scope of its humanity, the recurring themes of life, religion and death, instilled in me a desire to share my enthusiasm with my fellow Japanese. I thought it best to find an area with potential for further exploration.

 In search of a topic, I came across two descriptions, one by Schiele’s friend painter / photographer Johannes Fischer and another by writer / critic Leopld Liegler, both calling his plans for his never-built mausoleum the culmination of his life work. It was then I decided on developing a model of the mausoleum true to Schiele’s vision the best I could.

 The process was hindered by Schiele’s own illegible notes, but with the help of Dr. Hansjörg Krug, a handwriting expert and life-long student of Austrian art, it was possible to decipher them into German block print and then translate into Japanese. Subsequently working with architect Shuichi Matsuda, the model was completed and reported on (Yoshiko Kaneta: Egon Schiele und seine Beziehung zu Richard Hamanns Buch Die Früh-Renaissance der italienischen Malerei, Egon-Schiele-Jahrbuch Band II/III 2012/2013, Wien, 2015, S. 258-272.).



mausoleum

Fig.1: Schiele’s mausoleum as constructed with the aid of architect Shuichi Matsuda
(©Yoshiko Kaneta. Schuichi Matsuda, 2010)



第72回長崎研究例会を振り返って:エクスカーションの紹介


第72回長崎研究例会を振り返って:エクスカーションの紹介


東北芸術文化学会 会長 蝦名敦子 氏


 第72回研究例会が、津田礼子会員のお計らいで、今回、長崎市の活水女子大学で開催されました。九州地区の会員でおられる方々に発表の機会が得られたことになります。活水女子大学は、港を一望するおらんだ坂の上に位置し、大変趣のある建物です。本例会はその校舎の一室で6件の口頭発表が行われました。加えて、江崎麻紀会員から、休憩時に大変珍しい月琴演奏を、美しい歌声とともにご披露頂きました。また、広島芸術文化学会の関村誠氏がご発表下さり、研究例会を盛り上げて下さいました。改めて感謝申し上げます。発表終了後には、学内に設置されているミニチャペルも見学させて頂きました。
 翌日にはエクスカーションが準備されており、希望者での参加でしたが、なかなか個人では足を運ぶことができない外海(そとめ)地区に遠出いたしました。そこは、キリスト教が禁じられる中で育まれた、日本独自の信仰のかたちを物語る貴重な遺産です。フランス人ド・ロ神父によって建てられたカトリック教の出津(しつ)教会を訪れましたが、海からの強風を意識して低い屋根にされたと言われ、今も地域住民に守られながら信仰が継承されています。また、国指定重要文化財で、同じくド・ロ神父によって設立された授産活動の場所−旧出津救助院を見学しました。地元の自然石を不規則に積み重ねた丈夫な「ド・ロ塀」が、城の石垣のようにも見えました。
すぐ近くには遠藤周作文学館があります。外海は彼の代表作と言える『沈黙』の舞台。その文学館のテラスから一望できた碧い海に、聞いたばかりのド・ロ神父が二度と戻ることがなかったフランスをその先に見つめていたこと、そして、異国の地に入ったキリスト教や新しい文化が、共生するに至るまでの苦難にしばし思いを馳せることができました。江戸時代に一早く洋風文化が入ってきた長崎。一方で、「長崎は負の遺産もあるんですよ」と、地元の方ならではのご説明を伺い、その土地が刻む文化伝承のありように直に触れられた気がいたしました。またとない貴重な一時でした。
 今回の長崎例会は、東北のみならず、それぞれの地域文化を見据えようとする本学会にとりましても、大変有意義な研究例会でした。様々な地域文化を見聞することで、東北の芸術文化を相対化して考える視点は、これからの益々のグローバル社会において重要なことではないでしょうか。また、他の学会員との交流を進めていくことも、本学会の活性化に繋がる有意義なことであろうと思います。いろいろとご準備、ご配慮頂きました津田会員にこの場をお借りして心から感謝申し上げます。



72-nagasaki-ebina-01


72-nagasaki-ebina-02




ワークショップ『15世紀イタリアの宮廷舞踊』のご案内


ワークショップ『15世紀イタリアの宮廷舞踊』のご案内


在・アッシシの舞踊家 小野千枝子氏



イタリア・アッシシ市在住の舞踊家 小野千枝子氏のワークショップ『15世紀イタリアの宮廷舞踊』が2018年2月3日(土)、4日(日)の2日間、イタリア文化会館 東京 において開催されます。


http://www.belreguardo.it/index.html



〒102-0074 東京都千代田区九段南2-1-30
イタリア文化会館 東京



ono_2018



『2017年 藤沢野焼き』報告


『2017年 藤沢野焼き』報告


東北芸術文化学会 監査役 大木義則 氏


 8月12日に予定通り野焼きを行った。朝から曇りで、雨の降りそうな嫌な空模様だった。この野焼きは土手で高さを作り、その上に材木を載せ、点火して炙りを行い、材木を段々に載せ高さを作る。火力を強くしながらその状態をしばらく続ける。その点で私たちが通常に行う、野焼きと少し異なっている。
 燠が溜まってきたら、外側から長い棒で燠を静かに土器の並べてある、内側にそっと落とし、その活動を繰り返す。さらに土手の上に材木を四方に載せ、火力を強めていく。それを3時間くらい続けたら、攻め炊きに移る。土器を焼く窯が四角なので、角々に長くて軽めの材木を井桁に組む。全体に蓋をするように、また土器が見えなくなるように被せて、攻め炊きを一気に行う。藤沢の野焼きでは、与えられた焼成用材木が午後11時に終了するように行った。作品の取り出しは翌日の朝7時30分から行い、指定された時間に審査会場に移動させた。


《審査結果》

1.予選通過
2.入賞確定
3.縄文野焼き賞が最終審査で確定


 雨の中での野焼きだったので、ハラハラしながらの活動で大変であった。しかし何とか受賞できたのは奇跡であった。800人近い人が参加したことに驚いた。




◆藤沢野焼祭 2017
http://noyaki.net/?page_id=345


会場/藤沢運動広場「特設縄文村」(岩手県一関市藤沢町藤沢字仁郷地内)

8月12日(土)
13:00〜 参加作品受付
15:00〜 窯入れ
18:00〜 火入れの儀、開会式
23:00  火止め
(窯の状況により前後する場合があります)

8月13日(日)
07:30〜 作品窯出し
09:00〜 作品審査
10:00〜 表 彰



fujisawa-noyaki-01


fujisawa-noyaki-02


fujisawa-noyaki-03




◆藤沢野焼祭についてのお問い合わせ先
藤沢野焼祭実行委員会
〒029-3405 岩手県一関市藤沢町藤沢字町裏187番地
〔一関市役所藤沢支所産業経済課内〕
TEL 0191-63-5317 FAX 0191-63-5133

公式WEBサイト
http://noyaki.net/


(公式WEBサイトより記事転載)



『藤沢野焼祭 2017』のご案内


『藤沢野焼祭 2017』のご案内



岩手県一関市藤沢町で開催される「藤沢野焼祭」は、一関市藤沢町で毎年8月の第二日曜日とその前日に開催される一関市を代表する夏の一大イベントです。
昭和51年に考古学者の故塩野半十郎氏の指導を得て、縄文の野焼きを再現したことをきっかけに始まった祭りです。
藤沢野焼祭実行委員会は、「縄文の炎・藤沢野焼祭2017」で野焼きをする作品を募集しています。



◆藤沢野焼祭 2017 参加要領
http://noyaki.net/?page_id=345




会場/藤沢運動広場「特設縄文村」(岩手県一関市藤沢町藤沢字仁郷地内)


8月12日(土)
13:00〜 参加作品受付
15:00〜 窯入れ
18:00〜 火入れの儀、開会式
23:00  火止め
(窯の状況により前後する場合があります)

8月13日(日)
07:30〜 作品窯出し
09:00〜 作品審査
10:00〜 表 彰




◆藤沢野焼祭についてのお問い合わせ先
藤沢野焼祭実行委員会
〒029-3405 岩手県一関市藤沢町藤沢字町裏187番地
〔一関市役所藤沢支所産業経済課内〕
TEL 0191-63-5317 FAX 0191-63-5133

公式WEBサイト
http://noyaki.net/


(公式WEBサイトより記事転載)



大木義則氏(監査役)が「アースデイみやぎ大崎 2017」の実行委員長を務めました。


大木義則氏(監査役)が『アースデイみやぎ大崎 2017』
の実行委員長を務めました。



去る5月28日(日)に宮城県大崎市で開催されました 『アースデイみやぎ大崎 2017』 の実行委員長を大木義則氏(監査役)が務めました。
『アースデイ』は1970年にアメリカで生まれ、現在では世界各地で開催されている地球の環境問題を考えるイベントで、宮城県大崎市での開催は今年で3回目になります。




《イベント詳細》
特定非営利活動法人 おおさきエネルギーカウンシル
https://oec-jimukyoku.jimdo.com/



earthday_osaki_2017



保科弘治氏(監査役)の油彩作品を紹介 


保科弘治氏(監査役)の油彩作品を紹介します。



hoshina-S60-81
作品名:『過疎棚田・秋から冬へ』S60(油彩)
〜 第81回東光展・会員推挙 2016年



保科弘治 氏 略歴

1935年(昭和10年) 山形県河北町生まれ

1957年(昭和32年) 山形大学教育学部卒業
 英語専攻・美術副専攻。卒業後山形県内で英語と美術を担当。その後、県教育センター、山形大学附属中学校等に勤務し、平成7年3月に定年退職。平成7年12月より寒河江市教育長として勤務し、平成14年3月に退任し、現在に至る。

1964年(昭和39年) 県美展入選、以後連続入選

1966年(昭和41年) 県水彩展 県知事賞

1971年(昭和46年) 県美展 県展賞(日本画) 以後2回受賞

1972年(昭和47年) 全国県美展選抜展(文化庁)

1990年(平成 2年) 県美展無鑑査

2005年(平成17年) 第60回県美展 県展賞(洋画)

2006年(平成18年) 県美展委嘱

2007年(平成19年) 第73回東光展 彩美堂賞

2009年(平成21年) 東光会会友

2010年(平成22年) 寒河江市美術館で個展

2013年(平成25年) 紺綬褒章

2016年(平成28年) 東光会会員


◆保科弘治 氏 (監査役) の関連記事
<保科弘治氏(監査役)の作品9点、角田商事(株)に買い上げ収集。>



「アッシシ市・15世紀イタリアの宮廷舞踊コース」のご案内


「アッシシ主催15世紀イタリアの宮廷舞踊コースのお知らせ」


在・アッシシの舞踊家 小野千枝子氏




イタリア・アッシシ市在住の舞踊家 小野千枝子氏の紹介です。
毎年、アッシシ市が主催する「15世紀のイタリア舞踊コース」というイベントで講師を勤めておられます。なお、同イベントは今年で20年目を迎えます。


http://www.belreguardo.it/index.html





2017-ASSISI



小野千枝子氏の『イタリア15世紀宮廷舞踊』コースの開催のお知らせ 


小野千枝子氏の『イタリア15世紀宮廷舞踊』コースの開催のお知らせ


在・アッシシの舞踊家 小野千枝子氏



イタリア・アッシシ市在住の舞踊家 小野千枝子氏の紹介です。
毎年、アッシシ市が主催する「15世紀のイタリア舞踊コース」というイベントで講師を勤めておられます。


http://www.belreguardo.it/index.html




2016_ono



年末・12月30日に、小野千枝子の「イタリア15世紀宮廷舞踊」コースが開催されます。
会場は県庁館 ( Italia Perugia) の素晴らしいお部屋です。
どうぞお越しください。



Care Dame e Cari Cavalieri,
Vi trasmettiamo in allegato la locandina relativa al Laboratorio di Danza italiana del '400 che si terrà a Perugia (30 dicembre 2016, am.9:30), presso il Palazzo della Provincia di Perugia - Sala Falcone Borsellino.
Saremo lieti di condividere insieme a Voi quest’ arte del danzare.
con i migliori saluti,

Associazione Culturale "Il Convivio"
Compagnia di Danza antica “Belreguardo"
tel. +39 348 3848819/ +39 (0)75 8043548


email: ono.belreguardo@tiscali.it



「みんなで造形遊び」展 の記録映像


「みんなで造形遊び」展 の記録映像


 この映像は、蝦名敦子会員 (当会副会長、弘前大学教授)が企画・監修を務めた“ 一本の丸めた棒から 〜リングでつなぐ〜 ”「みんなで造形遊び」展 の記録映像です。
 是非ご高覧くださいますようお願い申し上げます。


一本の丸めた棒から 〜リングでつなぐ〜
「みんなで造形遊び」展 / 2016年8月1日〜3日 弘前市百石町展示館



リンク元アドレス
https://youtu.be/9VugRf6cAhk






 ◇企画・監修: 弘前大学教育学部 蝦名敦子(弘前大学教授/東北芸術文化学会役員)
 ◇音楽提供: propanmode(C)
 ◇授業者: 弘前大学教育学部附属小学校教諭
        下山明子(小学1年生)
        小田桐光佑(小学3年生)
        堤司(小学6年生)



※本映像は、平成26〜28年度科研基盤研究(C)
  「小学校におけるアート空間に関する研究 ― 材料・場所・空間の問題を中心として―」
  課題番号 26381170 の研究成果の一部です。



ティーノ・ディ・カマイーノ作 「枢機卿ペトローニの墓」に関する講演会(シエナ大聖堂ピッコローミニ図書室に於て)


ティーノ・ディ・カマイーノ作 「枢機卿ペトローニの墓」に関する講演会(シエナ大聖堂ピッコローミニ図書室に於て)


團 名保紀



 2016年、復活祭連休明けの3月29日、シエナ大聖堂でTino di Camaino作「枢機卿Riccardo Petroniの墓(1316-17年頃作成)」に関する講演を行った。

 シエナ出身の法王ピオ二世(Enea Silvio Piccolomini)の生涯を描くピントリッキオの著名なフレスコ画サイクルに囲まれ、15世紀の楽譜写本画の数々を展示するピッコローミニ図書室(Libreria Piccolomini)を当日は無料開放し、講演会場にした極めて稀なイヴェントであった。実はその壁面を隔て、かつてごく近くにペトローニの墓が存在していたのであり、同モニュメントをテーマとした講演を行うに相応しい空間として当局が判断されたのである。

 シエナ生まれの彫刻家ティーノを研究し40年以上経つが、その間シエナと様々な交流を重ねて来た。とり分け1975年夏、同市企画による20人以上の日本人美術研究者達のグループを招いてのセミナー(団長は摩寿意善郎東京芸大美術学部長、その実現にはシエナ市の名誉市民・千葉勝画伯の尽力があった)で、シエナ大学等の教授陣による一連の授業を私は通訳した。そこでシエナ派美術研究の大御所、大聖堂付属美術館館長Enzo Carli教授の知遇を得ることが出来、1977年のフィレンツェ大学卒業論文「ティーノ・ディ・カマイーノのピサ時代」の審査をティーノ研究のオーソリティー、カルリ教授が担当して下さることになった。それ故、私は多くの励ましを故カルリ教授から頂いたとまず講演の冒頭で述べ、この度の発表を教授への感謝と想い出に捧げたく思うと述べた。

 さて1980年私は、シエナ大学編集の美術史研究専門誌「Prospettiva」でピサのカンポサントとロンドンのVictoria&Albert Museumに存在する螺旋円柱を、ピサ大聖堂のティーノ作皇帝ハインリッヒ七世の墓の建築的部位として認定し、同論文はその後学界に於けるピサの帝墓再構築案推進への礎となった。その際同雑誌の編集にあたられていた現シエナ地区美術監督局のAlessandro Bagnoli教授が、この度の講演では私の経歴を紹介して下さった。また前ローマ大学教授でシエナ在住の中世法制史家Mario Ascheri教授が、法王ボニファチョ八世と関係の密であった教会法の権威、ペトローニ枢機卿について述べ、総合司会はシエナ大聖堂造営局長官のGian Franco Indrizzi氏が務められた。私には一時間が与えられ、今年二月に本学会の弘前例会で発表した枢機卿の墓に関する新知見につきパワーポイントを駆使して示した。それはカルリ教授が同大聖堂内の聖アンサノ礼拝堂に1951年移築再現した、同墓の持ち送りで支えられた単なる壁面墓碑としての状況を大きく改変するものであった。即ちその下方、床面上には元々アレキサンドリアの聖カテリーナの祭壇が来、壁面墓と祭壇を床面から一気に囲むゴシック的バルダッキーノがそびえ立っていたという内容で、こうした新見解の妥当性の論拠としても、頂点的部位にシエナ近郊のCollezione Salini蔵の「祝福のキリスト半身像」、祭壇には個人蔵の「聖アンニェーゼ胸像」、いずれも昨今私がティーノのシエナ時代の作として認定した具体的彫刻作品が本来存在していたのであるとした。そして結論として、今からまさしく七百年前制作された同モニュメントは、ゴシック的バルダッキーノに囲まれたオルヴィエトのアルノルフォ・ディ・カンビオ作枢機卿デ・ブライエの墓、ティーノがピサ大聖堂に付属祭壇を伴い完成した皇帝ハインリッヒ七世の墓、ジョヴァンニ・ピサーノがカリアティデを石棺の支えとして採用したジェノヴァの皇妃マルゲリータ・ディ・ブラバンテの墓、これらイタリアン・ゴシックの代表的墓碑芸術を反映しつつ、シエナ派絵画の巨匠ドゥッチョによる祭壇画やティーノの父カマイーノによるシエナ大聖堂正面壁の丸窓を囲む半身群像から来る、シエナ特有の絵画的要因を反映したものであり、その普遍性、統合性、スケールの大きさ、イコノグラフィーのユニークさからしても、墓作りの名手ティーノの故郷での渾身の作として、以後の芸術界に与えた影響力には多大なものがあったとした。

 会の締めくくりにお三方からそれぞれの専門の立場に関連した発言を頂いたが、今後はピッコローミニ図書室を機あるごとにシエナ大聖堂関連の文化財、美術作品に関する市民に開かれた講演会場として行きたい、その為の言わば試金石として今回の、多数の聴衆を動員できた企画は成功であったとの感想が大聖堂造営局長官インドゥリッツィ氏から表明された。そして目下計画中である堂内のニコーラ・ピサーノ作説教壇の修復事業と並行し、調査、研究発表も行える空間として同図書室は有効であると、美術監督局のバンニョーリ教授も述べられた。

 私は昨年のフィレンツェ・ビエンナーレで、ティーノ・ディ・カマイーノ作ピサの皇帝ハインリッヒ七世の墓完成700年について述べる講演会を開いた。続いて今年、枢機卿ペトローニの墓制作700年を記念するべく、ティーノの故郷、シエナの大聖堂で市民の方々を前に同モニュメントの魅力と重要性について語ることが出来た。この上ない喜びであり、今後のティーノ研究推進への大いなる励みとなった。

参照:sienanews.it/cultura/arte/il-professor-dan-e-larte-del-duomo-di-siena/
   及び www.academia.edu/23635088/Siena  


20160329_siena


大木義則 氏(監査役)が「第44回陶炎展」に出品。


大木義則 氏(監査役)が「第44回陶炎展」に出品。



当会監査役、大木義則 氏の作品が「第44回陶炎展」に出品されますのでご案内申し上げます。



「第44回陶炎展」詳細/http://touenkai.exblog.jp/22987607/


touenkai
(陶炎会事務局ブログより転載)



保科弘治 氏 (監査役) の作品9点、角田商事(株)に買い上げ収集。


<保科弘治氏(監査役)の作品9点、角田商事(株)に買い上げ収集。>


保科弘治 氏 略歴

1935年(昭和10年) 山形県河北町生まれ

1957年(昭和32年) 山形大学教育学部卒業
 英語専攻・美術副専攻。卒業後山形県内で英語と美術を担当。その後、県教育センター、山形大学附属中学校等に勤務し、平成7年3月に定年退職。平成7年12月より寒河江市教育長として勤務し、平成14年3月に退任し、現在に至る。

1964年(昭和39年) 県美展入選、以後連続入選

1966年(昭和41年) 県水彩展 県知事賞

1971年(昭和46年) 県美展 県展賞(日本画) 以後2回受賞

1972年(昭和47年) 全国県美展選抜展(文化庁)

1990年(平成 2年) 県美展無鑑査

2005年(平成17年) 第60回県美展 県展賞(洋画)

2006年(平成18年) 県美展委嘱

2007年(平成19年) 第73回東光展 彩美堂賞

2009年(平成21年) 東光会会友

2010年(平成22年) 寒河江市美術館で個展

2013年(平成25年) 紺綬褒章

2016年(平成28年) 東光会会員


hoshina


「生きる力を育てる」


「生きる力を育てる」


高柳智子



 〜子育てをしていると、必ずと言っていいほど訪れる「なんで?」「どうして?」の質問攻めの時期。この時期をどうとらえ、どう過ごすのか。〜

教育は、上からの押し付けではうまくいかない。 大事なのは「動機づけ」そして「発見的に教えること」である。 上記は、筆者が教育大学時代に一番心に残った教えだった。

3歳前後の「何故、どうして期」は、こうしたことがお膳立てせずにできる、もってこいの時期なのだ。 まだわからないからとお茶を濁し、適当に答えることは、せっかくの「生きる力」を育成できる機会を逃していると筆者は考える。

質問を受け入れることで、まず自分自身を受け入れられているという、自己肯定感を育てることができる。 また、質問に対して答えようとする親の姿勢や、わからない時には調べて教えたりする後姿を見せることで、将来的にわからないことは自分で調べるといったことも厭わない感覚を養えたり、世の中にあらゆるものに興味を持つきっかけともなり得る。 更に、色々なことを知っている親や大人に尊敬の念を持ち、自分も将来そういった大人になろうといった意欲を持たせることもできる。

質問をはぐらかされている子は、質問をしなくなる。 そういった疑問は生きるのに不要なことと無意識のうちに判断され、当面自分に必要なこと以外に興味を持たなくなるだろう。 将来的には、想定外の事柄が起きたとき等に対処する、といった能力に乏しい大人になる可能性があると考える。

何かを外に出す、表現というものはすべからく生きる力になると筆者は考えている。 造形的なものしかり、文章的なものしかり、また質問でさえ、自分の中にもやもやしているものを外に出す、その結果「そうか!」といった発見のようなものを自分の中に、無意識的にでも見つけ、自分自身をフィードバックすることが、自己統一を生み、自分自身の生きる強さに還元されるのである。

大人でも、自分の中の疑問が解決した時に爽快感を感じることは往々にしてあるだろう。 その時、得た知識以上に、脳が活性化して元気になっているような感じがすることも心当たりがあるかと思う。 そういったことを体験することが、生きる力を育てることに繋がっていくと考える。

少々面倒と思ってしまうかもしれないこの時期こそ、意識的に、大事に、子供を受け止めてあげようではないか。 期待するわけではないが、きっと、見返りは大きいだろう。

「灯ろうで描く私たちの弘前」展 の記録映像


「灯ろうで描く私たちの弘前」展 の記録映像


 この映像は、蝦名敦子会員 (当会副会長、弘前大学教授)が企画・監修を務めたアート作品展「灯ろうで描く私たちの弘前」展 (2015年8月4日〜7日開催 百石町展示館)の記録映像で、2011年から2014年にかけて弘前大学教育学部附属小学校での図画工作の授業を通して、子ども達が灯籠を製作する様子と、展覧会に至るまでの活動の記録となっております。
 是非ご高覧くださいますようお願い申し上げます。


弘前大学教育学部附属小学校児童作品
「灯ろうで描く私たちの弘前」展 / 2015年8月4日〜7日 百石町展示館



リンク元アドレス
https://youtu.be/8Z9LtosQdt0)






 ◇企画・監修: 蝦名敦子(弘前大学教授)
 ◇映像編集・制作: 廣瀬ともみ(弘前大学大学院)
 ◇音楽提供: MusMus、TURBO X
 ◇灯籠制作: 弘前大学教育学部附属小学校児童
 ◇授業者: 古川 香(付属小学校教諭)、堤 司(付属小学校教諭)
 ◇研究協力: 荒井一成(弘前大学教授)、塚本悦雄(弘前大学教授)、馬場拓也(弘前大学大学院)
 ◇資料提供: Google マップ



※本展覧会は、平成26〜28年度科研基盤研究(C)
  「小学校におけるアート空間に関する研究 ―材料・場所・空間の問題を中心として―」
  課題番号 26381170 の研究成果の一部です。



第十回フローレンス・ビエンナーレ(Florence Biennale)の国際審査員を務めて 


「第十回フローレンス・ビエンナーレ(Florence Biennale)の国際審査員を務めて」


團 名保紀



 2015年、第十回を迎えるに至ったフローレンス・現代芸術ビエンナーレ・コンクール(Florence Biennale)の国際審査員として、10月17日から25日まで会場のフィレンツェ市内、Fortezza da Bassoで過ごした。「ルネッサンスの都」という過去の遺産にのみ安住するのではなく、本来ルネッサンスが標榜した力強い世界性、普遍性に再び想いを至し、フィレンツェが現代芸術の新国際拠点たらんとし、1997年に第一回が開催されたのであるが、それはほぼ一世紀前、ヴェネツィアが画期的な芸術ビエンナーレ祭を企画したのを意識したことでもあった筈である。以来多様な文化的・社会的背景の差異を乗り越え、各アーティストが自由な芸術表現、その交流を展開し発展を遂げ、本年は参加国数65、展示芸術家数430名にも上った。国際審査員も12名となり、初めて日本からは私が招かれた。絵画、彫刻、紙を使った芸術、写真、ミックス・メディア、インスタッレーション、デジタル芸術、ヴィデオ、パーフォーマンス、陶芸、テキスタイル、ジュエリーの12部門に5等賞までが用意され、結果として、日本からはテキスタイル部門で中川泰通(Yasumichi Nakagawa)氏が優勝の栄に輝き、ミックス・メディアで二位にアクリル画のRyota Matsumoto氏が、紙芸術部門では日本画のKazuko Shiihashi氏(四位)、及び海野次郎(Jiro Unno)氏(五位)が入賞した。

 全体の芸術ディレクターは、前回のビエンナーレにおける「アートと倫理」なる主テーマの設定者、ミラノ・ブレーラ美術学校教授、美術史家のロランド・ベッリーニRolando Bellini氏が前回同様担当した。そしてルネッサンス以来、芸術文化都市フィレンツェが重んじてきた創造的価値の推進者としての芸術家や芸術作品同様に、今日の社会に対しても新芸術の果たしてゆくべき重要な役割について問わせ得る主テーマ、「アートとポリス(都市国家)」が設定されていた。因みにBellini氏は審査には加わらなかったが、果たしてその趣旨に沿う作品がどの程度出品されたか、叉受賞作にどの程度までそれが反映したかは率直のところ疑問であり、審査者としてフラストレーションの残る点であった。そうした中、単に技術的、叉様式的・美学的見地から見て優れていたのみならず、規模的にも他を圧し、何よりテーマ的に奥深い追求を見せていたのは、絵画部門で二位となったオランダ人画家Wessel Huisman氏による、「最後の審判」を独自に現代的に反映させた三連画「Garden of Men」であると思われる。実際今回のビエンナーレで個人的に最も印象に残る作品となった。

 なお私はビエンナーレ当局から講演をするべく求められていたため、「ティーノ・ディ・カマイーノ作ハインリッヒ七世の墓と、美術史家としての私――同モニュメント設立700年を記念し」と題して、1977年のフィレンツェ大学卒業論文以来展開してきた一連のティーノ研究、とりわけピサ大聖堂内の帝墓再構築案の重要性について語った。その際美術史研究推進の社会に対する具体的影響例として、同大聖堂内で元来帝墓を迎えていた中央アプス部壁面の調査が進み、オリジナルのフレスコ装飾が1990年代発見され、近年には石棺が開けられ、いずれも鍍金された銀製の帝冠、笏、十字架をともなう天球、それにピサの東方世界との豊かな交流を証し得る、東洋的モティーフの絹製織物が発見されたこと等を述べた。また今日同帝墓に対する関心の広がりを示す事例としては、2007年以降チェーザレ・ボルジアを主題とする惣領冬実作の連続歴史漫画「チェーザレ」で、私の同帝墓再現案を反映した場面が幾度か展開し、同シリーズはイタリア語版も制作され、日伊をまたぐ漫画文化、引いては現代芸術として反映しているとも語った。現代を生きる芸術史研究者として現代芸術への関心はひとしおであるが、科学的・技術的発展顕著な現代がそれに見合った精神性を発揮出来ず、むしろ目を覆う利己主義、退廃と野蛮が世界各地を覆っている中、今こそ芸術がそれらへの怒り、警告のメッセージを逞しくし、愛、平和と友情の世界を希求すべき時と思われる。そうした中、講演で私はティーノ作皇帝ハインリッヒ七世の墓研究推進の最新の“現代的”成果として、同墓が制作された1315年、まさに同大聖堂のため同じ発注者たるピサの僭主・傭兵隊長ウグッチョーネ・デッラ・ファジョーラの決断により、ティーノの後継者ルーポ・ディ・フランチェスコがギベリン・グエルフ両軍戦死者を等しく一つに葬る「1315年のモンテカティーニ戦没者達の墓」を制作、永らくその稀有なモニュメントが実在したことを示す再現図を本学会で昨今発表した旨報告した。同墓は皇帝ハインリッヒ七世並びに帝墓の発注者たる僭主ファジョーラの盟友であり、彼らがそこから多大の影響を受けたダンテ・アリギエーリの英知と普遍的精神を反映したものであり、人類がかかる精神的昇華を時として怒涛と混乱の中でも奇跡的に達成し、寛容と融和、ひいては救済の精神、その栄光が勝利し得ることを示し、それは今日の世界を生きる我々に対しても甚だ示唆的であると思う。そうした中、私がことさら現代芸術の一つの有効な方向性につき、過去の芸術を主たる研究対象とする美術史家として考える際、三年ほど前83歳で他界したイタリア人画家アルベルト・スーギ(Alberto Sughi)氏のことが心に浮かぶ、と講演では結んだ。彼はダンテを深く信奉し、その批判精神、倫理観と正義感、人間性に若いころから学び、2000年代に入ると「新生」及び「神曲」を独自の視点に立ち絵画化していた。取り分けダンテは不滅であるとし「今、我々とともに生きるダンテ」の標語の下、その晩年未だ衰えぬ新鮮な筆力、色彩、光と構図をもって今日的場面を生み出していた。現代イタリアの代表的芸術家であり、人々や社会に有効なインパクトを与える芸術の創造性につき我々を教示してやまなかったスーギ氏の名を、イタリアに於ける現代芸術の国際的新拠点を目指すフローレンス・ビエンナーレの場で引用し得たことは、個人的にもその晩年幾度となく暖かく私を迎えて下さり、その高邁な人となりに接するだけでも多大に勇気づけて頂いた、我が敬愛するスーギ氏への想いをより一層高ならせるものとなった。
(2015年11月14日記)

『 灯ろうで描く私たちの弘前 』 展の開催 


『 灯ろうで描く私たちの弘前 』展 の開催


 蝦名敦子会員 (当会副会長、弘前大学教授)のアート作品展を下記日程にて開催することになりました。是非ご高覧くださいますようお願い申し上げます。




flyer-s

案内チラシ



postcard-1s

案内ハガキ‐表



postcard-2s

案内ハガキ‐裏



「女性の幸せとは?(レオポルド美術館開催『ヴァリー・ノイツィル−エゴン・シーレとの生涯−展』より)」


「女性の幸せとは?(レオポルド美術館開催『ヴァリー・ノイツィル−エゴン・シーレとの生涯−展』より)」


エゴン・シーレ研究家 金田佳子氏




 ウイーンのレオポルド美術館で画家エゴン・シーレのモデルであったヴァルブルガ・ノイツィル(通称ヴァリー:1894年生〜1917年没)展が2015年9月7日まで開催されている。今まで当然のごとく画家であるシーレに焦点があてられた展覧会ばかりが開催されてきたが、画家のモデルについては稀である。

 ヴァリーとはどんな人であったのだろうか。モデル、シーレの付き人兼恋人、洋服店の売り子、シーレと別れた晩年は戦場の看護婦等を務めるなど、しっかり者で多才な人であったらしい。1915年にシーレが他の女性と結婚するまで唯一無二の存在であったことは間違いないだろう。青い目をし、かなりの美人でもあった。シーレと出会う前、巨匠グスタフ・クリムトの多くの中のモデルの一人でもあったらしい。実際にクリムトからモデルとして譲り受けられたことから、ヴァリーを愛していたシーレの心情を察するとすると穏やかではいられなかっただろう。

 ヴァリーは幸せだったのか? それともシーレと結婚できなかったことで不幸せだったのか? それは本人しかわからないと思う。

 シーレの名作の多くにヴァリーが描かれている。多くの女性がいる中で画家のミューズになれる人は少ない。しかも聖母マリアのように神々しく描かれる人は稀有に等しい。23歳で夭折したヴァリーはシーレ作のなかで永遠の命を授けられたといえるのではないだろうか。


(展覧会の詳細:http://www.leopoldmuseum.org/en/exhibitions/65/wally-neuzil)





ES-01

エゴン・シーレ「ヴァリー・ノイツィルの肖像」



ES-02

エゴン・シーレとヴァリー・ノイツィル



ES-03

エゴン・シーレ「枢機卿と尼僧」



エゴン・シーレ年報に金田佳子氏の論文が掲載 


「エゴン・シーレ年報に金田佳子氏の論文が掲載」





私共の会員である 金田佳子氏 の独文の論文 『Egon Schiele und seine Beziehung zu Richard Hamanns Buch »Die Früh-Renaissance der italienischen Malerei« 』がオーストリアの学術雑誌である『エゴン・シーレ年報 (Egon Schiele Jahrbuch)』に掲載されました。

これはアジア女性初の快挙です。
今後も彼女のシーレ研究に期待したいと思います。


詳細:(http://egon-schiele-jahrbuch.at/inhalt_band2.html)





ESJ



「アッシシ主催15世紀イタリアの宮廷舞踊コースのお知らせ」


「アッシシ主催15世紀イタリアの宮廷舞踊コースのお知らせ」


在・アッシシの舞踊家 小野千枝子氏




イタリア・アッシシ市在住の舞踊家 小野千枝子氏の紹介です。
毎年、アッシシ市が主催する「15世紀のイタリア舞踊コース」というイベントで講師を勤めておられます。


http://www.belreguardo.it/index.html





ASSISI-ONO



「アートの息吹」展


新庄市民プラザ・ふれあい市民ギャラリー 『「アートの息吹」展 』が 2014年3月23日(日)〜3月30日(日) までの期間開催されました。

 

2014_ibuki-4

案内パンフレット



2014-ibuki-1



2014-ibuki-2



2014-ibuki-3



Shinonome 西塔(ピアニスト)会員がコンクール受賞

Shinonome 西塔(ピアニスト)会員がコンクール受賞




  当会員の Shinonome 西塔 氏が、2013年度 第23回日本クラシック音楽コンクールの「ピアノ部門 一般男子の部」において、全国大会(東京大会)第5位に入賞をした。全国大会は、東京と大阪で開かれたが、12月20日(金)の東京大会にて、ラフマニノフの前奏曲 作品23‐6とスクリャービンの練習曲 作品8‐12を演奏しての受賞となった。




  ♪ 本人の感想 ― 「全国規模のコンクールは学生以来の挑戦となり、久々に緊張する舞台となりました。自分がコンクールを受けたことによって、生徒が『コンクールを受けたい』と思う気持ちがわかり、コンデションの整え方や、ステージマナーなど、曲の感情表現や楽曲解釈以外にも大切にしなければならないことを吸収、体験できたことがたくさんありました。この経験を活かし、自分のこれからの演奏活動や、ピアノの生徒さんへの指導を、より深めていけたら…と思っております。最後に、今回の結果を残せたことは、私に関わる全ての人の支えや励ましがあったからこそだと思っております。これからより一段と周りの人々への感謝をしながら生活していきたいと考えております。皆様、これからも何卒宜しくお願い申し上げます」(2014. 1. 7.)



2014_Shinonome



☆ Shinonome西塔 (しののめ さいとう)

〔プロフィール〕♪ Pianist(ピアニスト)。山形県上山市生まれ、山形北高音楽科を卒業。1993年、桐朋学園大学(ピアノ専攻)を卒業。2009年には、「岩手・宮城内陸地震チャリティーコンサート」を山形市、登米市、岩手県北上市、横浜市の4会場で行い、募金額を日本赤十字社に寄付した。2010年5月、イタリアの名巨匠ピアスト、アルド・チッコリーニの若手実力弟子イワン・ドンチェフの公開マスタークラスを受講。現在、ピアニストとしてソロやアンサンブル、伴奏の活動の他、山形市内の自宅にて後進の指導にあたっている。
日本ピアノ教育連盟、東北芸術文化学会、仙台桐朋会、パピヨンの会、各会員。

■ブログアドレス     http://pianodiary.exblog.jp



ウィーン、レオポルド美術館にてオスカー・ココシュカ展開催

ウィーン、レオポルド美術館にてオスカー・ココシュカ展開催


金田佳子(美術史家:エゴン・シーレ研究)





世界最大のエゴン・シーレコレクションで知られるレオポルド美術館にて、オスカー・ココシュカ展が2014年1月27日まで開催されています。

オスカー・ココシュカ(1886−1980)は20世紀表現主義を代表するオーストリア出身の芸術家で、画家だけではなく、舞台装飾家、劇作家、エッセイストとしても大活躍しました。作曲家グスタフ・マーラーの未亡人となったアルマ・マーラーとの交際でも名を馳せ、彼女をモデルにした名作も多く残しています。

この展覧会は、ウィーン応用美術大学のオスカー・ココシュカセンター(Oskar Kokoschka-Zentrum)の協力を得て、芸術家ココシュカの人物像に焦点をあてた初の展覧会で大変話題をよんでいます。油彩画・版画作品だけではなく、200点ものココシュカの知られざる貴重な写真も展示されています。一部の展覧会場の様子は、下記の詳細から閲覧できます。

レオポルド美術館はマリアテレジア像のある美術史美術館から徒歩も可能です(ミュージアム・クォーター(MuseumsQuartier)という芸術文化施設内にあります)。

皆様のお越しを心よりお待ち申し上げます。




■レオポルド美術館 LEOPOLD MUSEUM
開館日時/ 火曜日を除く毎日10 時−18 時まで(木曜日は10 時−21 時まで延長)
休館日/ 毎週火曜日
住所/ LEOPOLD MUSEUM, MuseumsQuartier, Museumsplatz 1, 1070 Vienna, Austria
観覧料/ 一般12ユーロ(学生、10名以上の団体等は割引あり)
詳細/ http://www.leopoldmuseum.org/en/exhibitions/50/kokoschka-the-self-in-focus




kokoschka



▲ページトップへ

お問合せ|ホーム